ここ数日、Web制作の話を続けて書いてきました。書きながら、ずっと引っかかっていたことがあります。読んでいる人も、たぶん同じところで引っかかっているはずです。
ホームページくらい、いまならAIで自分で作れるんじゃないか。
僕自身がそうでした。このブログも、スマホのアプリも、AIに手伝ってもらって自分で作っています。だとしたら、わざわざ誰かに頼む人なんて、もういないのでは。学ぶ意味も薄いのでは。
——そう思ってクラウドワークスを開いたら、ホームページ作成の募集が1,660件ありました。2026年7月16日時点です。LP(1枚もののページです)まで入れると、2,731件。もっと増えます。
作れる時代のはずなのに、頼む人がこんなにいる。今日はこのズレの話です。
まず認めます。AIでHPは作れます
正直に書くと、僕はこの記事で「やっぱりAIじゃ無理でした」と書くつもりでした。そのほうが、学ぶ意味の話につながりやすいので。
でも、それは嘘になります。作れるんです。僕が実際に作っています。3ヶ月半前まで、コードの一行も書けなかった人間がです。
作れる。それを認めたうえで、今日はもう一歩踏み込みます。作れるのに、なぜWeb制作の市場は消えないのか。ここからが本題です。
実際に、どんな人が頼んでいたか
募集を眺めていて、いちばん面白かったのは金額ではなく、誰が頼んでいるかでした。
- カフェのホームページ制作
- エステサロンのサイト
- 新しく設立した人材会社のコーポレートサイト(急募)
- 釣り特化のブログの初期構築
- 放課後等デイサービスの求人ページ
並べて、腑に落ちました。これ、全員AIエンジニアじゃないんです。 カフェの店主、サロンのオーナー、人材会社を立ち上げたばかりの社長。本業が別にある人たちです。
この人たちに「AIを使えばご自分で作れますよ」と言ったら、たぶんこう返ってきます。「それを覚える時間が、どこにあるんですか」と。
理由1:作れることと、覚える時間があることは、別だった
ここが今日いちばん書きたかったことです。
僕がAIでブログを作れるようになるまで、3ヶ月半で約300時間。平日の夜2〜3時間を、ひたすら積んだ結果です。エラーで半日溶けた土曜日もありました。
カフェの店主に、この300時間があるでしょうか。開店前に仕込みをして、日中は店に立って、閉店後に発注と帳簿。そこから「まずターミナルを開いて」と言われて、300時間。無理だと思います。無理というか、そこに時間を使うのは経営判断としておかしい。その300時間は、店に使うべき時間です。
「AIで誰でも作れる」は、正しいです。でも「AIで作れるようになる時間が、誰にでもある」は、正しくありません。 この2つは全然違う話でした。ここを、僕はずっと混ぜて考えていたんだと思います。
ここで一度、自分を疑いました
ここまで書いて、ふと自分の立ち位置が気になりました。
僕はAIに月18,000円払って、3ヶ月半、ほぼ毎日さわっています。この時点で、けっこう変わった人です。世の中の大半は、そもそもAIを一度も開いたことがありません。
その僕が「HPくらい自分で作れるでしょ」と言うのは、300時間払った人間の景色を、払っていない人に押し付けていることになります。書いていて、少しひやっとしました。3ヶ月半前の自分に同じことを言われたら、間違いなく「うるさいな」と思っていたので。
この距離感は、これから先も気をつけたいところです。できるようになった人ほど、できなかった頃の景色を忘れます。
理由2:頼む人が買っているのは、たぶん「時間」です
じゃあ発注する人は、何にお金を払っているのか。
ホームページそのものではないと思います。だってAIを使えば作れるので。払っているのは、それを覚えて作る時間を、自分から切り離す代金です。
これは僕にも覚えがあります。エアコンの掃除、自分でやれば洗剤代だけで済みます。やり方の動画もいくらでも出てきます。それでも去年、業者に頼みました。できないからではなく、貴重な休みを半日それで潰したくなかったからです。
Web制作の3万円も、たぶん同じ構造でした。「作れない人が仕方なく払うお金」ではなく、「時間を買い戻すお金」。そう考えると、AIが広まっても市場が消えない理由が、僕にはしっくりきます。
で、学ぶ意味はあるのか
ここまで来て、最初の問いに戻ります。
僕なりの答えはこうです。学ぶ意味は「作れるようになること」ではありません。それはもうAIが半分やってくれます。意味があるのは「頼まれる側に立つこと」のほうです。
この2つは、ぜんぜん違いました。前に書いたとおり、僕は自分のものなら作れます。でも他人の仕事として受けるには、相手から欲しいものを聞き出して、締め切りを守って、直しに応えて、渡したあとまで面倒を見る必要がある。AIが埋めてくれたのは「作れない」という穴だけで、「頼まれる側に立つ」ための穴は、まだ空いたままです。
だから、もし僕が学ぶとしたら、目的は「HTMLを書けるようになること」ではありません。人の仕事として引き受けられる状態になることです。そこにお金と時間を払う価値があるかどうか。それは、次に費用のほうから確かめます。
まとめ:AIは「作れない」を消したけれど、「時間がない」は消していない
整理します。AIでHPは作れます。僕が作っています。それでも2026年7月時点で、ホームページ作成の募集は1,660件出ていました。理由は「作れる」と「覚える時間がある」が別物だから。カフェの店主にとって、その300時間は店に使うべきものだからです。
頼む人が買っているのは、ホームページではなく時間。だとすれば、市場はしばらく消えません。そして学ぶ意味があるとしたら、それは作れるようになることではなく、頼まれる側に立つことのほうでした。
今日できる一歩をひとつ。もし「AIがあるから、もう勉強しなくていいのでは」と思っている人がいたら、その”AIがあるから”を、一度自分に向けてみてください。自分は何時間かけてそこに立ったのか。ゼロなら、まだ何も始まっていません。僕は300時間かかりました。この数字が、僕にとってはいちばん正直な現在地でした。
そもそもAI副業にプログラミングの知識が要るのかは、AI副業で稼ぐのにプログラミングの知識は必要か?に書きました。何をどの順で進めるかは40代・非エンジニアのAI副業完全ロードマップにまとめています。
「学ぶ意味はあるのか」を自分なりに整理したあとの話は、Web制作スクールの選び方、40代未経験は「比較の前」に決めることが3つあるに書きました。
Web制作の話はここで一区切りです。次回はすこし角度を変えて、「AIで簡単に稼げる」という広告に釣られる前に、僕が実際にかけたお金と時間の話を書きます。今日の「300時間」の、もっと生々しい内訳です。

